大判例

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東京地方裁判所 昭和24年(ワ)4376号 判決

原告 滝ケ崎良次郎

被告 増山健太郎 外一名

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、「(一)被告増山は原告に対し、別紙目録<省略>の各土地につき昭和二十三年六月二十八日東京法務局品川出張所受附第五二七九号をもつて同被告のためになされた、同日附原告との間の売買による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。(二)被告会社は原告に対し、別紙目録の各土地につき同年七月十五日東京法務局品川出張所受附第六〇一〇号をもつて同被告のためなされた、同日附設定契約による債権限度額十五万円利息金百円につき一日三銭その他の特約ある根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、また被告等の抗弁に対して、つぎのとおり述べた。

別紙目録の土地を所有し、東京都港区芝神谷町に住んで糸商を経営していた原告は、昭和二十年三月戦災で家屋財産を失い同区芝西久保巴町四十四番地沢地正太郎方へ移転同居中、昭和二十二年三月二十一日突如家出をして行方不明となり、生死のほども不明である。鈴木譲は昭和二十四年二月二十四日東京家庭裁判所において右不在者原告滝ケ崎良次郎の財産管理人に選任された。

昭和十三年十二月一日から昭和十九年七月十一日まで五回にわたり別紙目録(一)の土地のうち合計百八十坪を賃借して原告の借地人になつていた被告増山は、原告が家出して行方不明となり、原告の妻子が住居を失つて他家に同居しているのにつけ込んで、昭和二十三年三月原告の妻滝ケ崎菊子に対し、「自分が借りている土地を十万円で売つてくれ。その代金で住宅を買つてやるから。」と申出た。菊子は夫良次郎が不在のため一旦は拒絶したが、同被告から「住宅を買うために売却するのであるから、良次郎が帰宅しても問題にならない。」としきりに勧められたので、ついその甘言に乗ぜられ、右申出を承諾し、同月中同被告の要求に応じ、良次郎の権利に関する登記済証、良次郎の実印を押捺した委任状等登記申請に必要な書類一切を同被告に渡した。

その後約三カ月を経過した同年六月に至り、被告増山は東京都品川区西戸越二丁目八百七十三番地のバラツク一棟建坪八坪五合を四万八千円で買つて菊子に与えたので、菊子は子供とともに右家屋に引移つた。しかし同被告は右家屋買受の仲介手数料二千四百円を仲介者に払つたほか、金銭は全然菊子に渡さない。

訴外森三四は昭和二十一年十月原告から別紙目録(一)の土地のうち五十坪を買受け、その代金も支払ずみとなつたので、昭和二十三年八、九月頃所轄登記所で登記簿を閲覧したところ、別紙目録(一)(二)の土地全部についてすでに被告両名のために請求の趣旨通りの所有権移転登記、根抵当権設定登記がなされていた。

しかし右各登記については土地所有権者である原告は全然関係していない。むろん右各土地を被告増山に売つたことはない。被告増山の借地百八十坪については菊子は売買を承諾したが、原告は菊子に何も権限を与えていない。従つて被告増山は右各土地について所有権を得るはずがない。被告増山が所有権を取得しない以上被告会社も前記根抵当権を得るはずがない。

被告両名は土地所有権者である原告のために右各登記の抹消登記手続をする義務があるから、被告両名に対しその登記手続を求める。

被告等の抗弁事実は否認する。

かように述べた。<立証省略>

被告増山訴訟代理人は、原告の請求を棄却する旨の判決を求め、つぎのとおり答弁した。

別紙目録(一)(二)の土地が原告の所有であつたこと、被告増山が昭和十三年十二月一日から昭和十九年七月十一日まで五回にわたり原告から別紙目録(一)の土地のうち合計百八十坪を賃借したこと、被告増山が滝ケ崎菊子にバラツク一棟を買つて与えその買受代金等に金五万四百円を払つたこと、別紙目録(一)(二)の土地について原告主張のとおりの登記がしてあることは、いずれも認める。原告主張のとおり原告が家出して行方不明となり、鈴木譲が原告の財産管理人に選任されたこと、森三四が、原告から別紙目録(一)の土地のうち五十坪を買受けたことは知らない。その他の原告主張の事実は争う。

原告の妻菊子は昭和二十二年中からしばしば被告増山に対し別紙目録(一)(二)の土地を買つてくれと懇願した。菊子のいうところは、菊子の夫良次郎は家出した、その帰還を待つていたのでは家族は餓死するほかない、菊子は子供とともに床屋の三階の物置に押込められており、子供等の話声さえとがめられてふびんにたえない、バラツクでも買いたいから別紙目録(一)(二)の土地を買つてくれ、というのであつた。被告は別紙目録(一)の土地のうち百八十坪に対しては前記のとおり自ら借地権をもつており別紙目録の土地のうちその他の部分には他人の借地権がついていて、右土地を買う必要はなく、買つても妙味がなかつたので右土地買受については乗気になれなかつたが、菊子の度々の懇請をことわりかねて、昭和二十三年六月二十八日菊子(原告の代理人名義)との間に代金十万円で(一)(二)の土地について買受の契約をしたのである。代金十万円は当時の価格としては決して不当に安いものではなかつた。前記バラツクは、菊子の依頼により右代金十万円の内で買つて与えたものである。残金四万九千六百円については、菊子は、菓子屋をはじめるかまたは娘が嫁に行くまで保管しておいてくれというので、被告増山はこれを保管していたのである。

菊子は本件土地を売却するについては夫たる原告からその代理権を与えられたのである。仮りにそうでないとしても、少くとも日常家事については菊子は夫たる原告を代理する権限をもつていたのである。そして本件売買契約の成立に当つては前記のような事情があつたのみならず、菊子は、本件土地の売買にあたり、「妻子を路頭に迷わして家出する夫には、帰つてきても、無責任なことはいわせぬ。売買については自分が絶対に責任を負う。」といい、また夫たる原告の実印、登記済証を保管していたのであるから、被告増山は、本件売買についても菊子に原告を代理する権限ありと信じたのであり、かく信ずるについては右のとおり正当の理由があつたのである。従つて原告は菊子が原告の代理人としてした売買についてはその責に任じなければならない。

被告増山は原告から買受けて本件土地の所有権者になつたのであるから、原告の請求は失当である。

かように述べた。<立証省略>

被告会社訴訟代理人は、原告の請求を棄却する旨の判決を求め、つぎのとおり答弁した。

別紙目録(一)(二)の土地が原告の所有であつたこと、右土地について原告主張のとおりの登記がしてあることは認める。被告増山は登記にあらわれているとおり原告の代理人たる菊子から本件土地を買受けて所有権を得、被告会社は登記にあらわれているとおり被告増山との間の設定契約により右土地について根抵当権を取得したのである。原告主張のその余の事実は知らない。

仮りに原告がその主張のとおり家出して行方不明になつたとしても、原告は原告を代理して本件土地を売却することの権限を、家出に当り妻菊子に与えたのである。仮りにそうでないとしても、菊子は、夫の不在中夫を代理して家族のために住宅を取得しその他生活に必要な一切のことを処理する権限は、少くとももつていたのである。しかも菊子は夫の実印を保管していたのであり、そして本件土地を売却することは原告の妻子の住宅を得るに必要な行為であるから、被告増山は本件土地売却行為についても菊子に原告を代理する権限ありと信じたのでありかく信ずるについては正当の理由があつたのである。従つて原告は菊子がした売買についてはその責に任じなければならない。被告増山は本件土地の所有権を得たのであり、そして被告会社は昭和二十三年七月十五日被告増山との間に無尽契約をし、登記表示のとおり根抵当権の設定を受けたのである。

被告会社は本件土地の所有権者たる被告増山に対する正当な根抵当権者であるから、原告の請求は失当である。

かように述べた。<立証省略>

三、理  由

別紙目録(一)(二)の土地が原告の所有であつたことは当事者間に争いがなく、乙第一号証(被告本人の供述によつて真正にできたものと認められる)、乙第二号証の一(真正にできたことに争いがない)と、被告本人訊問の結果とを合せ考えると、昭和二十三年六月二十八日、被告増山と原告の妻滝ケ崎菊子(原告の代理人名義で)との間に、右(一)(二)の土地全部について売買契約ができた、と認めることができる。この認定に反する証人滝ケ崎菊子の証言は信用できない。

そして、乙第二号証の二(被告本人の供述によつて滝ケ崎菊子が作つたものであると認められる)、乙第三号証(真正にできたことに争いがない)、乙第一号証、乙第二号証の一と、証人沢地正太郎、滝ケ崎菊子、戸塚忠五郎の各証言、被告増山本人の供述とを合せ考えると、つぎのとおり認めることができる。

原告は東京都港区芝神谷町に住んでいたが、戦災で住居を失つたので妻菊子及び子女五人とともに、昭和二十年中から知合の港区芝西久保巴町四十四番地の理髪業沢地正太郎方三階に寄寓した。ところが昭和二十二年三月二十一日原告は突然家出をしていずこへか姿を消した。あとに残つた菊子等は、格別の財産とてなく、生活に苦労し、何よりも多勢の子女とともに単なる知合にすぎぬ沢地方に寄寓していることをつらくおもつた。子供がさわぐと沢地に叱られる。菊子は子供がいじめられていると感じた。そして一刻も早く沢地方を立退きたいと考えた。沢地も立退きを求めた。そこで菊子は昭和二十二年十月頃からしばしば、別紙目録(一)の土地中百八十坪の賃借人である被告増山に対し、住家を手にいれたいから別紙目録(一)(二)の土地を買つてくれと、懇願した。「この土地を買つてもらえなければ親子の者が路頭に迷う。」というのであつた。被告増山は本件土地を買うことには気が進まなかつたが、菊子に涙をもつて頼まれたので、菊子の申出を承諾するに至つた。しかし被告増山は、当時原告が家出して不在であることを知つていたので、後日問題が起ることを心配して、この点について菊子の考えをたずねたところ、菊子は、「あなたには絶対に迷惑をかけない。」といつて、その旨の覚書までいれた。そして菊子は原告が置いていつた原告の印で委任状その他登記に必要な書類を作つたので、被告増山はこれによつて本件所有権移転登記をうけた。菊子と被告増山との間において売買代金は十万円と定められ、そのうち五万円余の受渡しはすんだが(菊子がバラツクを買つたときの代金)、残代金については菓子屋をはじめるか娘を嫁にやるときの費用にあてたいと菊子がいつたので、被告増山は「二週間の間をおいて請求してくれればいつでも払う。」といつて、これを保管してきた。

かように認めることができる。証人沢地正太郎、滝ケ崎菊子の各証言中右認定に反する部分は信用できない。

原告が家出した昭和二十二年三月二十一日当時は、東京都においてはインフレーシヨンの昂進がもつとも甚だしく、そして衣食よりもまず「住」をと、口々にいつていた時代であることは、公知の事実である。原告が家出をすれば、妻菊子及び子女五人が直ちに生活にこまり、ことに住居については難渋するであろうということは、原告は当然予想していたはずである。予想しながら、これに対して何らの手当をすることなくあえて家出したのは、原告の財産を妻子の暮しの足しにしてよい、住居を得るために換価してよいと、暗に承諾を与えたとしかみることができない。即ち、原告の妻子の住居を得るために本件土地を処分するについては、原告は、家出に当り、暗に妻菊子に代理権を与えた、とみるのが相当である。

本件土地については原告と被告増山との間に売買の効力が生じたといわなければならない。そして特別の事情が認められない本件においては、登記のすんだ昭和二十三年六月二十八日には本件土地の所有権は被告増山に移つた、とみるのが相当である。

原告が現に本件土地の所有権者であることを前提とする原告の本訴請求は、ほかの点の判断をまつまでもなく失当である。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新村義広)

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